「お金がない = なにもできない。なにもない。」
というのは、幻想だということ。
例えば、空気は吸えるし、頭でなにかを考えることもできる。
おなかがすいたら、ごはんを食べる。
日本にいたら、餓死することは、まあ、あるまい。
「お金がある = なんでもできる。全てもっている。」
というのもまた、幻想で、
例えば、100億円持っていたとして、ビルを買うことができるかもしれないが、多分いらない。
高級車を買えるかもしれないが、多分いらない。
きれいな宝石が買えるかもしれないが、多分いらない。
ぼくは、自由になにかを空想したり、おなかがすいたらごはんを食べたい。
お金があろうが、なかろうが、見える景色は同じだし、それが誰のものだろうが構わない。
お金があるなしで、食べるものも、そう違いはないだろう。
お金がないと関係がなくなる友人や恋人などは、そもそも必要ないだろう。
本質的に、人は全てを持っているのに、お金、お金と騒いでいるのは、ある意味滑稽で、たいそうバカバカしいが、
なぜか、それに巻き込まれている自分がいるのも、また事実。
